気候変動は人類の存続を脅かす?

8/3 「気候変動って人類の存続を脅かすほどヤバいの? 専門家に聞きました」というタイトルの記事が配信されました。科学記事のはずですが、「これは宗教だ」と思いました。
1. 専門家の考え
 タイトルの疑問について、質問された5人の専門家は「何もしなければイエス」と答えます。
以下、専門課の意見です(評者要約)。
1) Seth Baum (Global Catastrophic Risk Institute事務局長)
 人類文明が本格的に出現したのは、ここ1万年から1万2000年の間で、その理由のひとつは完新世の温暖で安定した気候である。もしも私たちがいま地球のほどよく温暖で安定した気候条件を壊してしまうような行動をとるならば、それは文明が存在できる「前提条件」を破壊していると考えることができる。
2) Michael Mann (気候学者/地球物理学者/ペンシルベニア大学科学持続可能性・メディアセンター所長)
 気候危機、致命的なパンデミック、そしてもっとも深刻なのが、こうした危機に対処する能力を奪ってしまう反科学と偽情報の横行である。化石燃料を燃やし続けて地球の気温を上昇させていけば、西南極の氷床が崩壊したり、海水温や塩分によって動く熱塩循環が止まったりするような、いわゆる気候の転換点(ティッピングポイント)がそう遠くない未来に訪れるかもしれない。ただし、どれくらい温暖化すれば転換点にたどり着くのかはいまのところ不明で、2度なのか、3度なのか、それ以上なのか、正確なしきい値は現時点ではっきりわかっていない。悪化していく極端で破壊的かつ致命的な気象現象のような気候変動の既知の影響は、私たちの社会インフラを不安定化させるのに十分で、既にサプライチェーンを寸断させ、食料や水資源に負荷をかけ、人間の健康を脅かしている。
3) Kennedy Mbeva (ケンブリッジ大学Centre for the Study of Existential Risk研究員)
人間の生活に注目すると、すでに気候変動の極端な影響を受けている地域は世界中にたくさんある。小さな島しょ国の一部は、海面上昇による水没の危機に直面している。太平洋に浮かぶ島しょ国のいくつかは、オーストラリアなど他国への移住に関する話し合いや交渉をすでに始めている。干ばつはますます激化し、その頻度も高くなっている。洪水などの極端な気象現象も容赦なく襲ってくる。先進国でも、山火事がより激しく、より頻繁に発生し、夏はより暑くなっています。
4) Renee Lertzman (気候・環境心理学に特化した実存心理学者)
 ここでいう「実存的」とは、「人間として存在することの意味は何か」を問うものであって、必ずしも私たちが知る生命の終わりを意味するわけではない。むしろ、気候や環境の脅威は、私たちが何者であるかという、人間の本質に関わる深い問題だと認識する必要があると感じている。
5) Oluf??mi O. Taiwo (ジョージタウン大学哲学科准教授)
 人間社会に与える実際の被害は、生態学的な問題そのものではなく、それに対して政治システムが人々を保護できるかどうか、その成功と失敗との相互作用によって生じる。
2. 評者の感想
1) 人類の文明に必要な「温暖で安定した気候」のうち、縄文時代は現在より気温が2〜3度高かったので、現在の気温はまだ上昇の余地がある。問題は「安定した気候」になるが、現在の気候が文明を壊すほど「安定」していないとは言い切れないだろう。
2) 「反科学の偽情報の横行である」言うが、気候の転換点(ティッピングポイント)が何℃が不明であるという。また、「気候変動の影響がサプライチェーンを寸断させ、食料や水資源に負荷をかけ、人間の健康を脅かしている」というが、一方で、日本ではインバウンドが増加している。部分を全体に広げるには「科学的根拠」が乏しい。46億年の地球の歴史で気候の転換点は一度も起こっていない。だから、現在がある。この専門家の主張こそ、「反科学の偽情報」だろう。
3) 気候変動の事実を列挙しているが、生物を含めた地球環境全体への言及はない。 
4) 気候変動は生命の終わりを意味するのではなく、人間の本質に関わる問題だという。自然科学の問題ではないという。
5) 生態学的な問題ではなく、政治システムの問題だという。

 「人類」には生物種の意味がある。しかし、4)の専門家は「気候変動は生命の終わりを意味するのではない」という。つまり、「人類の存続」は生物種としての人類の絶滅の話ではなく、「人間社会の存続」についての話なのである。「気候変動」という学問は自然科学ではなく、社会科学や哲学の分野のようだ。
 社会科学の問題なら、世界中でオーバーツーリズムが問題になっているのだから、気候変動の影響を受けて生活困難になっている人より、観光も含めた「普段の生活」を暮らしている人がはるかに多い。現状は、「人類の存続が脅かされている」とはとても言えない。
  気候変動学者が困っている人を助けたいという思いで「人類の危機」を述べているとすれば、その発言は科学ではなく、「社会運動」か「宗教」の発言になる。上の5人が気候変動論学者の代表だとすれば、気候変動論学者は自然科学者ではなく、社会運動家か宗教家である。